夢みるピノキオ
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街道シリーズ

シリーズ12 ノスタルジック夢街道 其ノ拾弐
三陸浜街道II(宮古〜八戸)
(3月27日放送)

三陸浜街道IIマップ 春の気配がチラホラしている今日この頃。
街道シリーズ、ちょっぴり遠出して、北三陸の海沿いを縦断するこの街道へと足を向けてみました。
気仙沼から続く浜街道の第2弾、宮古から青森県八戸まで10市町村を縦断する北部浜街道を辿ります。
この街道は、隆起海岸が多いため、100m前後の大地が崖をなして海に落ち込む地形が続き難所が多い。
そしてなにやら義経の北方伝説もあるとか。
それでは、早速…
三陸浜街道II

■宮古市
南部藩の代官所が置かれ、漁業と海運の港としてにぎわっていた宮古。
ここには、義経が3年3ヶ月も滞在したという伝説が。判官稲荷神社は義経が祭神になって、額には「源九郎」の文字がありました。
判官稲荷神社  額

町民の憩いの場  ■田老町

街道の一部は現在の防潮堤と重なって…。今は町民の憩いの場になっている。
また下摂待地区には、普代村の鵜鳥神楽が巡業の際に泊まる家がありました。
神様をまつる場所には、古い神楽のお面が残っていた。

防潮堤 古い神楽のお面

■田野畑村

ここには隆起海岸段丘を深く抉る渓谷がある。真木沢渓谷と松前沢渓谷、二つの難所だ。
今は大きいアーチ橋で一跨ぎだが、旧道は折れ曲がった道で谷底に下り登った。
三閉伊路程記でも「類ひなき急な坂道」と言われ、また「辞職坂」や「思案坂」などの別称が生まれたそう。

隆起海岸段丘を深く抉る渓谷 アーチ橋
 昔ながらの番屋

田野畑の机地区には昔ながらの番屋が残っていました。
ワカメの収穫作業  ここの漁師たちは、今ワカメの収穫作業の真っ最中。番屋にて、そのワカメをさっと茹でていただく。春の海の味が広がる。

ワカメ 番屋


■普代村

この村には、義経北方伝説が伝わる鵜鳥神社がある。

ここで義経は、蝦夷入りの成就を祈願したと言われている。
その時、金の鵜が現れたので、更に祈願しろと神武天皇の父母と海神の三神が現れ、安全を顕示したとのこと。

鵜鳥神社
 恵比寿舞

ここに古くから伝わる鵜鳥神楽の恵比寿舞を拝見。
鵜鳥神社 恵比寿舞

■野田村

浜街道で唯一砂浜の道、十府ヶ浦を歩く。
浜街道の旅にぴったりの趣のある宿があった。南部曲がり家の宿だ。
 十府ヶ浦 南部曲がり家の宿
電話もテレビもない。昔は、囲炉裏の薪が燃える音、そして柱時計の音だけ。
料理も洒落ている。ここで、ひと息つこうか。

南部曲がり家の宿
 料理

〒028-8201 野田村大字野田5-22
1泊2食 5,500円(冬期は暖房費プラス500円) 手紙やハガキなどで受付

注:ここでは昼はレストランもしていて、ランチがある。

■種市町

種市駅前で毎月5の付く日に行われる市。ここには、いろいろな所から業者が集まる。
海産物は八戸から来ている。

なぜなら種市はもともと八戸藩だから。また昔から製塩が盛んで、藩政時代は八戸に塩を運んでいた。
 毎月5の付く日に行われる市

八戸からの海産物
製塩
浜街道はそういった物流のため海沿いを通っていたのだ。

■青森県八戸市

終着は八戸。陸奥湊駅前には、春の便りが届いていました。

湊食品センターの中村商店では郷土料理の「アカハタもち」を製造している。それは春にだけ採れるアカハタ(通称アカッパ)という海藻を使い蒸して練り、モチのようにしたもの。春の彼岸には欠かせないものだ。

湊食品センターの中村商店
湊食品センターの中村商店 アカハタを鍋で蒸している様子
蒸したアカハタを練っている様子
アカハタもち アカハタもちを食べる中村商店の女性  ワサビ醤油、酢味噌、酢醤油などでいただく。

今回の街道の旅は、麗らかな春を感じさせる旅でした。
そういえば伝説によると、義経さんはさらに北上を続けたとか。
ピノキオももう少し歩きたいような気がするのですが、街道ウォッチングですから、この辺にしておきましょう。



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