第377回 番組審議会 議事録
平成15年 5月20日(火)
テレビ岩手

1.日  時 平成15年 5月20日(火)  午後1時30分〜
2.開催場所 テレビ岩手本社6階大会議室
3.委員総数 15名

出席委員 11名

出席委員

委員長
 川嶋 静夫
委員
 堀内 三郎、荻野 洋、鎌田 強、山本 玲子、山田 忠利、須藤 春樹、
 和田 利彦
新委員
 梅村 俊男、藤元 隆一、高橋 三男

欠席委員

副委員長
 清水 健司
委員
 黒岩 幸子、藤田 道彦、重石 晃子

社側出席者

中野 士朗(代表取締役社長) 
新沼 栄喜(専務取締役)業務担当
横山 尹浩(専務取締役)報道・制作・技術担当
天野 雅行(常務取締役)総務・広報・番組審議会担当
阿部 孝夫(取締役事業局長)
村田 憲正(報道局長)
渕沢 行則(制作局長)
鈴木 直志(報道局専任局長)
本宮 愛子(総務局専任局長)

事務局

青山 尚之(業務局次長)番組審議会事務局長
小原 恵 (業務局編成部主任)
4.議題 1.「韓国女子教育の母 淵澤能恵〜能恵は55才で海峡を渡った」
  <5月3日(土)午後3:00〜3:30放送>
2.その他ご覧になった番組についてのご意見
5.議事の概要 テレビ岩手の自社制作番組「韓国女子教育の母 淵澤能恵〜能恵は55才で海峡を渡った」について、
  • 岩手県民にもほとんど知られていない先人について取り上げ、興味深い内容で感動した。
  • 30分の番組なので時間が足りないためか、能恵が韓国へ渡った動機やそのひととなりなど、番組ではあまり詳しく説明されず、疑問が残る部分が多かった。

など、活発な意見が交わされた。

6.審議内容 別紙のとおり
7.審議機関の答申又は改善意見に対してとった措置及びその年月日
特記事項はないが、キー局及び関係局、関連部署に議事録を配布するなど、関係者に審議の内容を伝えた。
8.審議機関の答申又は意見の概要を公表した場合におけるその公表の内容、
  方法及び年月日
・ 自社制作番組「あなたと歩むテレビ岩手」(平成15年5月27日(火)午前11時50分〜11時57分放送)で、審議の概要を放送。
・ 平成15年5月21日(水)付読売新聞岩手版で公表。
・ 支社・支局に議事録を設置
・ 当社のインターネットのホームページで議事録を公開。
9.その他の
  参考資料
資料として以下のものを配布
・ テレビ岩手自社制作番組放送スケジュール(2003年5月〜2003年6月)
・ 視聴者からの意見の概要

〈議事の内容〉

事務局 定刻ですので審議会を始めます。
今回から新たに3人の先生に委員をお願いすることになりました。社長から委嘱状をお渡しいたします。

−委嘱状贈呈−

社側  今日は3人の新しい委員の方をお迎えしましたので、ご挨拶させていただきます。
民間放送のテレビが始まりまして、「日本中が一億総白痴化する」と大宅壮一が言ってから半世紀たっていますが、いまだに俗悪といわれる番組が多く、番組審議会の委員の方々に厳しく番組を審議していただかなければならないのですが、造り手の我々も、番組を提供していただいているスポンサーの方も、俗悪といわれる番組をつくってよいと思っている人は一人もいません。しかし、一方ではいい番組をつくってもみていただかなければどうしようもなく、その兼ね合いが難しいところです。テレビ岩手では番組審議会の委員の方は任期を5年とさせていただいております。昭和44年12月1日が開局ですので、本来は12月1日から番組審議会の委員の任期が始まるのですが、途中入れ替わりもございまして、今回も今月からということで3人の方にお願いしました。規則では委員の定員は7人以上ということになっておりますが、テレビ岩手では、幅広くご意見を伺うということで学識経験者や、県内の企業で活躍している方に委員をお願いしたいと思っております。いつも申し上げていますが、審議会では、足りないところ、誤ったことを厳しく指摘していただき、意義のある番組審議会にして頂きたいと思います。
委員長 それでは、番組「韓国女子教育の母 淵澤能恵〜能恵は55才で海峡を渡った」についてご意見をお願いします。
委員 タイトルをみて、韓国の女子教育の話題が深く取り上げられるのかと思ったのですが、石鳥谷出身の業績のある方の紹介で終わったという感じがしました。番組の中で、気になったのは、韓国語訳の字幕スーパーがバックの色と重なって見づらかったことです。やはり我々は韓国語がわかりませんので、もう少し見やすいとよかったと思います。
委員 岩手は偉大な先人がたくさんいますが、わたしは、淵澤能恵という人を知りませんでしたので、このドキュメンタリーを新鮮な気持ちで、興味深く見ました。この方は有名な方なのでしょうか?多分、岩手でも一部の人しか知らないのではないかと思います。全国的にもあまり知られていない人だと思います。番組の中で、学園理事長は、韓国では近代教育史に残る女性といっていましたが、そういう女性を掘り起こして番組を作ったことについては非常に素晴らしいことだと思いました。とかく戦前のアジアを舞台にしたドキュメンタリーですと、軍国主義日本が前面にだされ、否定的な日本人像が描かれてしまいがちです。そういう点で、今回の番組の場合、史実もバランスよく組み込まれ、客観的でよかったと思います。日韓の協調時代を象徴する話として紹介しているところに意義があると思います。細かい部分を申し上げますと、レポーターと能恵は親戚ということでしたが、どういう関係なのかということ、また、能恵が行き先としてなぜ韓国を選んだのかということが、わかり難かったと思います。こういう女性が岩手にいたということを教えていただいたのはよかったと思います。もっと広めていきたい人物と思わせてくれた番組でした。
委員 能恵の進取の気概が伝わってきたよい番組だったと思います。明治の岩手県人というのは外にどんどん出て行ったのだなと改めてその勇気を感じ、驚かされました。以前拝見した「田中館愛橘」もそうでしたが、30分番組でつくるというのはかなり難しいことなのか、疑問が残る部分がありました。どんな気持ちでアメリカに渡り、55歳でなぜ韓国へ渡ったのか、そういう部分の説明が、理解するには十分でなかったと思います。韓国併合などあった時代の中での話ですので、そのところをもう少し描いていただけるとよかったと思います。番組では関係者が能恵について語る、ただの人物紹介で終わってしまった気もします。能恵さんと後藤新平、斎藤実が同じ写真に納まっているのは意外で、びっくりしました。つい最近、工業技術センター長のお話で、東北の文化を象徴して「おしょしい文化」と、あまり前に出て行かないのが東北の文化だとおっしゃいましたが、明治のころと今とは背景がちがうのかなと、新渡戸稲造もクリスチャンでしたが、日本を意識しながら、日本のポテンシャルを高める活動をされた国際人だとおもいますが、能恵さんもボーダレスな国際人だったのではないかと思います。そういうことについて番組でもふれていただければ、また、続編も期待したいと思います。ちょっと気になったのは、村上淑子さんのコメントにナレーションがかぶさり、聞き取りにくかったことです。また、先ほどもご意見がありましたが、韓国語訳の字幕がもっとみやすいとよかったと思います。
委員 能恵さんという方が、岩手にいらしたということは初めて知りました。母も一緒に見ていたのですが、こういう人がいたのだということを驚きながら興味深く拝見しました。全体的にみて、韓国で女子教育にあたったということにつきまして、当時は反日感情も強いところですし、韓国が日本の植民地になって伊藤博文が暗殺される事件があったような時代、どんな風に韓国で過ごしていられたのか、番組では少しはでていましたが、能恵さんの考え方など、もっといろんなことを知りたいと思いました。韓国において女子教育でどのような苦労があったのか、彼女の教育観をもっと知りたいという気持ちになり、それだけでもこの番組は意義のあるものだったと思います。花の会・会長の村上さんが能恵さんの検証活動をなさっているようですが、花の会ではどれくらい能恵さんについて知っているのだろうかと思います。今はまだあまりわかっていないのではないかと思います。もっと詳しいことが分かっていればわたしが疑問に思ったようなことも番組にでてきたのではないかと思いました。
委員 今までの委員のおっしゃったことと同じようなことを感じたのですが、わたしも、番組をみて驚き、よい番組だと感じました。わたしは石鳥谷の八重畑はよく知っているのですが、そこからこれだけの人物が出たということは地元にいてもわからなかったです。明治の55歳というと今から考えたらとんでもない年齢だとおもうのですが、どのような精神力をもってそういうところへいったのかという部分が知りたいと思いましたし、反日感情が強い中、毅然として周りの人間の指導にあたったということは、どこからそんな力がでてきたのかもっと知りたいと、見終わっていろいろ感じる番組でした。構成としてはもう少し知りたいと思わせる番組だったと思います。道の駅にあるという博物館に行って、もう少し彼女について調べてみたいと思いました。機会があれば、角度を変えて調べて、ぜひ続編をつくっていただきたいと思います。ただ、なぜ今の時代のこの情勢の中、能恵を取り上げたのかは、よくわかりません。国際情勢なり、日本経済なり、取り上げるべき課題はたくさんある中、突然この「韓国女子教育の母」がでてきたのは、いまの流れの中で違和感を持ったのは否めませんが、全体としてはよい番組と思います。
委員 全編を通して、なぜ石鳥谷というところから進取の気性を持った女性が生まれたのか、なぜ米国に留学したのか、日本でも各地を転々として教師をしているようですが、その理由はなぜなのか、なぜ離婚したのか、と、「なぜ」と感じることが多い番組だったと思います。また、当時の韓国における教育レベルの問題があったからかもしれませんが、日本も同じような状況にある中、なぜ、韓国での女子教育なのか、もう少し知りたいと思いました。また、しらみのエピソードとかクリスチャンであったこと、反日感情が高まる中終始温和であったこと、教育運営でも黒子に徹していたことなど、人柄が伝わるエピソードは、いくつかあったのですが、この方のひととなり、なぜ、どういう教育をしたのか、ということが、番組でもう少し明らかになるとよかったと思います。韓国の方の評で、「能恵は日本人ではないのだ」という話がありました。そのコメントは韓国人の日本に対する屈折した思いがあるのでしょうが、朝鮮統治の時代は、日本人で教育や文化にかなり貢献した人がいて、それは歴史から抹殺されてしまったのではないかと、わたしは感じているのですが、この番組はそういったタブーに切り込むというのにいいのではないかと思います。韓国の発展につくした日本人、そういうのをもっと検証して、日本と韓国のブリッジにしてもいいのではないかと思います。
委員 教育というのはスタートのとき、原点が大切だと思います。建学の精神をいつ形作るかが非常に大切で、能恵さんがそれに大きく関わったということが、二つの面からよくわかりました。まず一つは、当時習った方々のお話がそういうことを感じさせましたし、今面々と続く歴史ある学校ですが、そこで学ぶ若い子供たちの姿をみると、実にしっかりしていて、すばらしい教育がなされる学校であるということで、能恵さんの功績の大きさを感じました。それから、日本と韓国の距離は近いようでいて遠いというイメージがありましたが、昨年のワールドカップサッカーもそうでしたが、この番組もその距離を少し縮めたのかな、と感じさせるよい番組だったと思います。
委員 能恵さんは、わたしも始めて聞いた名前で、岩手の知らなかった偉人を知ることができて大変よかったと思います。皆さんがおっしゃられたように、制作側の意図かもしれませんが、平坦な表現で、レポーターの女性の語り口も抑揚が少なく、そこになにか狙いがあったかもしれませんが、ご本人の書かれた日記とか文章とかで彼女の気持ちの一端でも窺えればと思いました。番組はすべて周囲の人のコメントで構成されていまして、なぜ韓国なのかとか、わかりづらかったので、一つでも彼女の言葉が印象的にでてくれば、番組をうまく形作れたのかなと感じました。
委員 今回はじめてのものですから、目的をもって考えながらテレビをみると疲れましたが、わたしも先ほどありましたが、疑問点もいくつかありました。30分番組では少し中身を欲張りすぎたのかな、この内容ではおそらく90分ぐらい必要なのではないかと思いました。花の会とか、東和町とか、日本国内でも京都や東京の大学などが出てきて、その中で、韓国ということが出てきて、正直申し上げますと、どこにポイントをおいて番組を制作されたのか分かりづらかったと思います。見終わって、30分という時間ではよくばりすぎたという感じで、もうすこし、ポイントを絞るとよかったと思います。
委員 普段こういう番組はあまりみませんが、たまたま委員というお話をいただき、ビデオで番組を拝見したのですが、一度みて、さらに日を置いて二回目を見ました。みなさんがおっしゃったように、能恵さんという人は、まったく認識がない、知らない人ですが、すごい人だと思いました。
1850年に生まれ1936年に亡くなっていますが、いわゆる封建の鎖国時代から開国に向かい、二十歳で離婚して、渡米、そして日本をも捨てる、その理由はよくわかりませんが、時代の背景とキリスト教の宗教的なバックボーンがそういう行動を起こさせた原点なのかなと感じました。多分放送内容からして、かなりの部分で彼女についての資料がなかったのではないでしょうか。資料不足のまま能恵さんにスポットを当てて作った番組なのだろうと思いました。したがって、視聴者参加番組と申しますか、じっくりみればいろいろ考えさせられる番組だと思います。リポーターの淵沢さんは親戚にあたるそうですが、リポーターを選定された理由はわかりませんが、率直な感想を申し上げると、映像不足のせいか、目立ちすぎる気もしました。せっかく血の繋がりがあるのならば、能恵さん本人ともっとオーバーラップさせながら、自分の意見でもいいから、なぜ韓国なのか、背景や心情を突っ込んでもらうとよかったと思います。いずれにせよ、すばらしい人が岩手にいたのだと感じました。
委員長 皆さんのご意見を大きくまとめますと、「知らなかった人を取り上げていて、非常に参考になった」ということと、「なぜ、と疑問を持つ部分が多かった」ということだったと思います。私としては、「田中館愛橘」の番組のときにも意見として申し上げましたが、岩手出身、岩手にゆかりのある方を番組にして取り上げて欲しいとお願いしてましたので、皆さんにあまり知られていない人を、このような形で番組に取り上げていただいたということは、非常に評価できると思います。さきほど、なぜと感じる部分が多かったとおっしゃった方と私も同意見で、一般に知られていない人を取り上げる場合、番組の入り口で、ナレーションなどで説明があった方が分かりやすくなると思います。そういった面で工夫があるとよいと思います。 会社側の方から、淵澤能恵という人を取り上げた理由などをお伺いしたいと思います。
社側 淵澤能恵は戦前・戦中には韓国女子教育の母としてもてはやされた時期もあったようですが、戦後の軍国主義批判の中で歴史の下に埋もれてしまいました。この人物を研究されている歴史家もいるのですが、日本の植民地政策を教育面から遂行した人物として片づけられています。わたしも気になる人物だったのですが、石鳥谷町の婦人会の人達がこの2年ぐらいの間で再発掘活動をしていまして、町としてもこれから検証活動に取り組むということで、そういう社会的動きを一つのきっかけとして番組を制作いたしました。「なぜ」という部分が多いというご指摘につきましては、正直申し上げて、現段階で分かっていないことが多いということなのですが、一番大きな、なぜ55歳で韓国へ渡って女子教育を始めたのかという部分も、明らかではなく、長年この人物を研究している立教大学の先生は、日本の貴族に誘われて軽い気持ちでソウルに渡って、そこで日露戦争が勃発して帰れなくなっているうちに、女子教育に取り組んだと、書かれています。しかし、当時の情勢で、高齢の日本女性が軽い気持ちで海外に渡るというのはやはり納得しがたいことで、番組にありましたように、教育者として異国の地で自分の夢を実現したいとそういう思いがあったのではないかと推察します。日記書簡なども残されておりません。それであのような表現になりました。説明が足りないという部分につきましては、あまり知られていない人物ですので、その人物の輪郭を描こうとしたためかと思います。また、能恵を知っている人は80〜90歳の高齢の方なので、そのコメントをきちんと入れるということに重点を置きました。また、レポーターの使い方ですが、親戚であるということで起用したのですが、感情移入して足跡をたどるということに抵抗がありまして、逆に押さえ気味になったことで、中途半端なものになってしまったかもしれません。その点は皆様のご意見いただいた通りだと思います。また、取材をしていて難しかったのは、反日感情や、植民地時代の感情的な問題です。学校に行って、当時のイヤな記憶についても尋ねたのですが、皆さんそのことについては話しません。日本人が創立した親日派の学校でしたので、戦後はかなり批判されて、苦労されたようで、本音をひきだすのは難しかったです。
委員長 その他、ご意見ございますでしょうか。それでは事務局の方からお願いします。
事務局 次回の番組審議会は、6月17日火曜日に開催いたします。議題は「どこか行こうヨ!大好き土曜日」です。以上で番組審議会を終了いたします。

  

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